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東京高等裁判所 昭和50年(う)372号 判決 1978年5月31日

本店所在地

東京都文京区白山五丁目三〇番一三号

株式会社 三経

代表取締役

山根三雄

本籍

東京都品川区南品川一丁目一八番地

住居

同都文京区白山五丁目三〇番一三号

会社役員

山根三雄

大正一三年九月九日生

右の者らに対する法人税法違反被告事件につき、昭和四九年一二月二六日東京地方裁判所が言渡した有罪判決に対し、各被告人の弁護人から適法な控訴の申立があったので、当裁判所は検察官栗田昭雄出席のうえ審理をして、つぎのとおり判決する。

主文

被告人株式会社三経の本件控訴を棄却する。

原判決中被告人山根三雄に関する部分を破棄する。

被告人山根三雄を罰金六〇〇万円に処する

被告人山根三雄において右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置する。

理由

(罪となるべき事実)

本件控訴の趣意は、弁護人後藤信夫、同遠藤光男、同後藤徳司共同作成名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は検察官栗田昭雄作成名義の答弁書に、それぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

一、控訴趣意第一点(事実誤認の論旨)について

所論は、必ずしも明らかではないが、つぎのごとくである。

四五年度の法人税の申告にあたり、つぎのような圧縮損金を計上した。すなわち、被告人会社は同年度中に本店社屋用の土地建物を一億五四六万一五二〇円で購入したのであるが右購入に関し、前年度に売却した土地代金合計一億六〇〇万円(内訳は、秋本新平から購入した土地の第三者への売買代金六六〇〇万円、緑川静子から購入した土地(以下単に緑川物件という)の被告人山根三雄(以下単に被告人山根という)への売買代金四〇〇〇万円)と、右本店社屋用の土地建物の購入代金との間に租税特別措置法の買換の特例を適用し、圧縮損金五二四四万六〇一二円を計上した。これに対し、原判決は、緑川物件は本来買換の特例の適用がない物件であり、かつ、被告人山根への売買はそもそも仮装であるとして、昭和四五年度における逋脱額に関し、右圧縮損金計上によって逋脱したとされる税額部分についても逋脱犯が成立すると認定している。しかしながら、被告人山根は緑川物件につき右買換の特例が適用される物件であると信じていたうえ、被告人会社と被告人山根との間の右緑川物件の売買も真実なされたものであって仮装でないのであるから、右圧縮損金計上の関係では逋脱の故意がないのである。原判決はこの点において事実の誤認があり、右誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

というごとくである。

1  そこで検討するに、まず、所論のいう昭和五四年度とは、原判示第一の事業年度、すなわち、昭和四五年八月一日から翌四六年七月末日までの事業年度をさすものと理解されるのであるが、原判決および記録を精査しても、原判示第一の事業年度につき、法人税の申告にあたり、所論指摘のような圧縮損金を計上したとの事跡はうかがわれない。所論は、原判決が認定した事実以外の事実について論難するものであって、とうてい採用できない。

2  もっとも、原審記録とくに検察官の冒頭陳述書ならびに、原判決書によれば、緑川物件の被告人山根への所論指摘の前記売買が仮装であることを前提として、イ原判示第一の事業年度の修正損益計算書期首たな卸高の各勘定科目において、同年同期首、期末において緑川物件はいぜんとして被告人会社の所有であるとして右物件の価格二三九六万二一二〇円をそれぞれ加算し、また、減価償却費の科目に九二万二三六四円を加算し、ロ原判示第二の事業年度の土地仕入高の勘定科目において、同事業年度中に被告人山根から被告人会社が買戻したとして同科目に公表計上されていた四〇〇〇万円を、そもそも以前から被告人会社の所有であったから仕入に計上する必要がないとして減算する、という各修正が施され、原判決は右各修正を是認して原判決第一、第二および別紙第一、第二修正損益計算書のとおり数額を認定していることが明らかである。

この意味において、所論指摘の緑川物件の被告人会社から山根への売買、さらには被告人山根から被告人会社への売買をどのように評価するかによって原判示事業年度の修正損益計算書の数額に影響を及ぼすともいえるので、緑川物件の売買の効力について検討する。

3  まず、被告人会社所有の緑川物件を、昭和四四年一一月二一日被告人山根が四〇〇〇万円で買受けるという形式がとられたこと自体は関係証拠により明らかである。

しかしながら、押収してある法人税確定申告書一綴(東京高裁昭和五〇年押第一四〇号の1)、商業登記簿謄本、被告人山根の大蔵事務官に対する昭和四八年三月六日付、六月六日付(先綴)各質問調書、被告人山根の検察官に対する供述調書、被告人山根の原審および当審における供述(以下、これらを前掲各証拠という)を総合すると、a被告人山根は永年被告人会社の代表取締役の地位にあること、b被告人山根は被告人会社の実権を一切掌握しており、被告人会社と被告人山根個人との関係はもちろん人格は別であるとはいえ渾然一体をなしていること、c売買にあたり商法二六五条に定める手続をとっていないこと、d被告人会社から被告人山根に対し所有権移転登記手続もなされていないこと、e緑川物件は駐車場として利用されていたのであるが、駐車場収入はいぜんとして被告人会社の収益に計上していること、f駐車場収入を被告人会社の収益に計上するにあたり、被告人会社と被告人山根との間において賃貸借契約等特段の契約も結ばれてはいないこと、g被告人山根は緑川物件の売買の意図につき、一方において「買換の特例の適用を有利に受けたいため」(前掲各質問調書、当審における供述等)との趣旨の供述をし、他方において「昭和四五年七月期の決算が赤字になりそうになったので、対銀行等の関係で赤字では困るので二〇〇〇万円見当の緑川物件を四〇〇〇万円で被告人山根が買取るかたちをとり利益を出した」(前掲昭和四八年三月六日付質問調書、検察官に対する供述調書、原審における供述)との趣旨の供述するなど、矛盾する供述をしていることが認められる。これらの事実と、前記昭和四八年六月六日付(先綴)質問調書中の被告人山根自身緑川物件の売買が仮装であると認識し、被告人会社の所有であるとして処理すべきであることを認める供述部分および仮装を前提として数額を整理修正した合意書面(最終的には証明力を争っていない)を総合すると、昭和四四年一一月二一日被告人会社と被告人山根との間に形式的には売買がなされているとはいえ、実際はいぜんとして被告人会社の所有であり、かつ、被告人山根は右のことを認識していたものと認められる。前掲各証拠中右認定に反する部分は採用できない。

4  緑川物件の売買については、右3のとおり評価すべきものであるから、前記2のイのとおり、原判示第一の事業年度の修正損益計算書の期首、期末の各たな卸高の勘定科目において、それぞれ二三九六万二一二〇円を加算修正し、また、減価償却費の科目に九二万二三六四円を加算修正した措置は是認しうる。また、前掲各証拠によると、昭和四七年になり、被告人会社が緑川物件を日栄住宅資材株式会社に八六〇〇万円で売却するに先立ち、同年二月二二日、被告人会社が被告人山根から代金四〇〇〇万円で買取ったとの処理をして原判示第二の事業年度において土地仕入高の勘定科目に四〇〇〇万円を公表計上していることが認められるところ、この事実に、前記認定のとおり被告人山根は、緑川物件がいぜんとして被告人会社の所有であることを前提として処理しなければならないことを認識しながら、右のような土地仕入高を公表計上したものであることを併わせ考慮すると、土地仕入高の公表計上は、すくなくとも当該事業年度についてみる限り、緑川物件を第三者に売却することによって生ずる利益を圧縮する一手段としてなされたものと認めるのが相当である。前掲各証拠中右認定に反する部分は採用しない。よって、原判決第二の事業年度の修正損益計算書において土地仕入高の勘定科目から四〇〇〇万円を減算修正した前記2のロ措置は是認しうるところである。

5  以上のとおりであるから、緑川物件について、前記2のイ、ロの措置を是認し、原判示第一、第二の事実を認定した原判決は正当である。

論旨は理由がない。

二、控訴趣意第二点(量刑不当の論旨)について

所論は、要するに、被告人両名に対する原判決の量刑は重きに過ぎ不当であり、ことに被告人山根について罰金刑が相当である、というのである。

本件は、金融ならびに雑貨販売を目的とする被告人会社の代表取締役として右会社の業務全般を統括している被告人山根が、同会社の法人税を免れようとし、仮装取引により利益を圧縮し、あるいは金融、不動産売買の際取得する謝礼金を簿外預金して秘匿する等の方法により、原判示のとおり二事業年度にわたり四一三六万一〇〇〇円の法人税を逋脱したという事案であって、この種事犯の罪質にかんがみると、けっして被告人両名の責任は軽視しえないところである。

他方、被告人山根は原判示二事業年度のように逋脱している年度がある反面、他の年度においては逆に過大な利益を計上したりもしており、数年間を通年してみるとそれほど多額の逋脱をしているともいえないこと、被告人山根は被告人会社の経営経理一切を掌握し両者は渾然一体をなしている感があるとはいえ、本件逋脱行為が被告人山根個人の私利私欲から出たものとまではいえないこと、被告人会社は原判決の時点においてすでに逋脱本税、延帯税、重加産税等をほぼ完納していること、被告人山根は本件を反省していること、被告人山根には同種前科はなく、過去に業務上過失傷害罰による罰金刑の前科一犯があるにすぎないこと、等の事情もある。

右のような諸事情に、本件査察、捜査、公判の経過その他記録上うかがわれる被告人両名にとって、有利、不利なすべての事情を総合斟酌すると、被告人会社に対する原判決の量刑は重きに過ぎるとまでは認められないが、被告人山根については執行猶予付とはいえ徴役刑をもって処断することは重きに過ぎるのであり、罰金刑をもって処断するのが相当であると認められる。

よって、被告人会社の論旨は理由がなく、被告人山根の論旨は理由がある。

三、以上のとおり、被告人会社の控訴は理由がないから刑訴法三九六条によりこれを棄却し、被告人山根の控訴は理由があるから、同法三九六条、三八一条により原判決中同被告人に関する部分を破棄することとし、同法四〇〇条但書により同被告人の事件につきさらに判決する。

原判決が適法に確定した事実に法令を適用すると、被告人山根の原判示第一、第二各所為はそれぞれ法人税法一五九条一項に該当するところ、各罪につき罰金刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪なので同法四八条二項により各罪につき定めた罰金額を合算し、右合算額の範囲内で被告人山根を罰金六〇〇万円に処し、同被告人において右罰金を完納することができないときは同法一八条により金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することができる。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石崎四郎 裁判官 森真樹 裁判官 中野久利)

昭和五〇年(う)第三七二号

○ 控訴趣意書

被告人 山根三雄

被告人 株式会社 三経

昭和五〇年三月一九日

右弁護人 後藤信夫

同 遠藤光男

同 後藤徳司

東京高等裁判所第一刑事部 御中

第一点逋脱税金額と犯意

(一) 逋脱犯が成立するためには、逋脱犯の構成要件に該当する犯意がなければならない。したがって、税法上の不払税金額が算出されたとしても、その全金額につき、逋脱の犯意がなければ、その金額すべてに逋脱犯の成立を認めることはできない。すなわち、税法上の不払税金額と逋脱犯における逋脱金額とは、その範囲が異る可能性があるという事である。

(二) ところで、被告人山根三雄(以下被告人という)は、昭和四五年度の法人税につき、左記のとおり申告を行っている。すなわち、被告人三経(以下三経という)は、昭和四五年に本店の所在地として、土地、建物を金一〇五、四六一、五二〇円也で購入しているところであるが、右購入に関し、前年度に売却した土地代金合計一〇六、〇〇〇、〇〇〇円(内訳秋元新平から購入した土地の再譲渡代金金六六、〇〇〇、〇〇〇円、緑川から購入した土地の再譲渡代金四〇、〇〇〇、〇〇〇円)と右本店所在地の土地建物の購入代金との間に租税特別措置法の買換の特例を適用し、圧縮損金五二、四四六、〇一三円を計上している。そしてその計上に関しては、質問てん末書記録九〇号において、被告人が供述しているとおり、被告人は、右買換の特例が適法に適用されることを信じて行っているところである。そもそも逋脱犯の故意が成立するためには、納税義務の認識が被告人になければならない。しかるに、被告人が右買換の特例に関し、右のとおり適法にこれが適用されるものと信じていたことは、仮りに買換の特例の適用がないとしても、この部分に限り、被告人には、納税義務の認識がなかったと判断すべき事柄である。したがって、被告人には右買換の特例を適用して、その申告義務を履行しなかったことに関しては、逋脱犯における故意がなかったというべきである。そうであるとするならば、税法上算定された税額とは別途に、右圧縮損によって逋脱したとされている税額部分は、逋脱犯に限り成立しないと判断されなければならないはずである。したがって、原判決が認定した被告人の昭和四五年度における 脱額は、税法上はともかく、法人税違反に関しては、右部分に限り減額されるべきである。

(三) もっとも被告人は、右買換の特例の適用に当り、自己が緑川の物件を金四〇、〇〇〇、〇〇〇円で買ったとしてこれを行っている。そして、原判決は、右事実に関し、いわゆる仮装譲渡と考えている如く推測される。しかし被告人は三経から、右買取を行うに当り、簿価約二〇、〇〇〇、〇〇〇円のものを右の如く四〇、〇〇〇、〇〇〇円でこれを引取り、しかも、自己が三経に対して有する債権六〇、〇〇〇、〇〇〇円と右代金を相殺し、これを帳簿上明確に落しているところである。すなわち、売買価額にしても不当ではないし、右のとおり相殺を行ったということは、仮りに後に再度会社に戻そうと考えていたとしても、全て仮装譲渡と考えることは不当である。

例えば、民法における買戻の特約をしても、将来、売主に目的物件の所有権を返還することを当然予想してこれが締結されるものであり、しかも法律上この様な契約は許されているところである。したがって、各被告人が右物件を現実に三経に再売買したからといって、この事実から仮装譲渡と考える論理的必然性もないし、むしろ法律制度上、買戻は許されているところであり、且つ、相殺とはいえ、代金の支払が現実に行われているのであるので、三経から被告人に対して行われた右譲渡は有効に行われたものと判断すべきであり、百歩譲ったとしても、右売買が仮装譲渡であるという立証はなされていないと考えるべきである。

思うに、原判決の前記推測は、被告人がその余の物件を自己が一〇〇万円で買受けている事実と相似的に考え、安易に仮装譲渡と判断したところと思われる。しかし右のとおり、現に相当な価額で譲渡が行われ、且つ代金も支払われている以上、右と相似的に判断することは誤りである。そうであるとするならば、右売買は有効に行われたものであると考えなければならない。

右売買は、確かに支払うべき税額を少くしようとして行われたものではあるが、被告人が税額を少くしようとしたからといって、逋脱犯が成立するものではない。すなわち、買換の特例はこれを法律上適法に受けられる制度であり、被告人はその適用を適法に受けられると信じてこれを行ったところであるからである。しかし適法に適用する条件は、会社の代表者が会社の物件を買おうと否と問うところではない。そして右のとおり被告人は有効に右物件を買受けたのであるから、やはり逋脱の故意がなかったというべきである。

第二点 量刑不当

(一) 被告人は、昭和四六年度の申告に関し、自己が三経から二筆の土地をそれぞれ金一〇〇万円で買受けたことにして、法人税を逋脱したというのが起訴事実の一部である。そこで、右各一〇〇万円の買受に関し検討してみたいと思う。

被告人が買受けたという物件は、三経が大原則文および島村真太郎から購入した物件であるが、被告人がいわゆるだまされて取得した物件であった。すなわち、大原則文はある病院の理事長であったが、この病院に関しては、新聞紙上をにぎわした不正事件があり、その不正事件に右物件はからんでいた。また、島村真太郎から買受けた物件は、第三者が島村真太郎名義を冒用して三経に対し、譲渡したものであった。したがって、右両物件に関しては、民事訴訟が当然予想され、しかも勝訴の予想が極めて薄く、一応は和解等を狙って、民事訴訟を提起しようと決意したが、それ以前に法廷外の話合を行ってみようということになり、その話合において、ますます三経に不利な事実関係が発覚した。したがって、昭和四六年当時は、右物件に関しては結果的に、三経が支払った金員が無になることが予想されていたものである。

したがって、当時の被告人の右物件に対する認識は無価値と考えていたところである。しかし無価値と考えていたにしても、被告人には、ある種の期待はあり、出来る限り損害額を少くしたいとの希望もあった。

そこで、税法上の処置において右物件を全く無価値としてしまうまでの決断はつきかねていたところである。

また客観的に考えてみても、右物件はいわゆる勝訴の可能性の薄い物件であるので、例え一〇〇万円でも買手はなくその意味で三経が所有している限り全く無価値であったといってよい。三経にとっては、客観的価値があるのならともかく、将来に且ってもその価値が見込まれない物件であるので、税法上の問題に関しても右物件は、重荷になっていたのである。そこで、この様な物件をそれぞれ金一〇〇万円で被告人が買取ることにしたのである。本来、税制というものが、財産の客観的価値を基準に税額を算定するものであれば、おそらくこの様な操作は行われないであろう。しかし、現実はこの様な税制は認められず、客観的には存在しない財産額に対して課税される可能性があるのでその意味では税制そのものに矛盾がある。

したがって、税制そのものに潜在する矛盾を是正する意味で被告人がこの様な操作を行ったことも人情として無理からぬと考えることも出来よう。また、被告人には、右の操作を行う縁由として、以前に赤字決算が予想されたような場合に、架空の利益を算出し、税金を支払ったこともあり、この事実を長期的に考えれば、プラス・マイナス・ゼロになるという認識があったものである。確かに、被告人の右認識は、疑っているところである。しかし、架空の利益が申告として許されるならば、客観的には価値がない物件に関し、客観的評価のまゝ評価する処置を講ずることも許されるべきではないかと考えたことには、ある一面の理屈があるように思われる。

それに、大原則文の物件に関しては、和解が成立し、幾莫かの利益が出ると、これを会社に還元し、そのまゝ会社の利益に計上しているところであって、その意味では、自己が不当に利益を得ようとしている態度は全然ない。したがって、被告人の本件犯行は決して悪質なものではない。

(二) 三経は、謝礼金を受取りながら、これを無記名の定期預金にしたり、第三者名義の預金にしたりして、裏金を作っていたことは事実である。しかし、謝礼金というが如きものは、会社の表金として出すことは一寸躊躇するというのも、人情として解らなくはないし、それかといって自分が取得することも出来ない(被告人の当公判廷における供述)というのも理解できるところである。そこで、右事実はむしろ次のとおり考えるべきであろう。すなわち、会社の代表者の中には、いわゆる会社を喰物にして自己の財産を殖す者も結構いる。この様な者の逋税犯は悪質と考えて良い。しかるに、被告人は、右の裏金を自己の取得とすることなく、前記のような事情の下にあくまでも会社の資産として使用し、且つ預金していたところである。そして、右裏金は、最も自己のふところに入れ容い性質であることなどを考え合せると、被告人の右所為は、決して悪質なものではないということが出来よう。

また、会社の裏金というものは、大会社は勿論のこと銀行にすら用意されていることは公知の事実でもあり、実際の会社の経営にとって、裏金の用意は、一種の必要悪的存在となりつゝあると考えている。そうであるならば、裏金を作ったことは、社会的に認められていると考えることもできなくはないので、その違法性は、不可罰的とも云って良く、百歩譲ったとしても、現実の世界に照し合せて見る時、あくまでも非難されるべき悪質なものではないと考えることも出来る。

(三) 三経は、橋本文枝に対し、金一、五〇〇万円を支払っているところであるが、右は会社の債務として計上して良い性質の金員である。しかるに、三経は過去これを債務として計上せず、その分の税金を負担している。したがって、本件逋脱額を計上するに際しても、これを控除すべきところであるが、右事実は、被告人の性格を如実に物語るところのものである。すなわち、右橋本文枝は、被告人の旧妻であるが、右金一、五〇〇万円の支払が行われたのは、かって、被告人と橋本文枝の父親との間に約束があったことに基づくものであり、しかも被告人としては、右父親に義理もあるからという理由から、支払うべき金額以上のものを支払っているところであって、右の様な事実は、法律では到底表現できないところの人間のあるべき姿を示しているといわねばならない。

したがって、被告人の人柄は、その相応に理解されなければならないところである。

(四) 被告人は、かってローマオリンピックの選手として出場し弁護人等も相当な年月に亘って付合いを重ねているところであるが、きわめて、あっさりした性格の持主であり、前記の大原則文、島村真太郎の件でも明らかな如く、殆んどの民事々件は、被告人が騙された形で発生した事件である。したがって、一般的には、金融業を行う人物は、いわゆる高利貸としてその非情性を強調されるところであるが、被告人には、その様な非難されるべきところはなく、むしろ竹を割った様な気性がぴったりと当る。

この様な性格は、本件逋脱の事実が悪いと知るや、裁判に関しても、基本的には争おうとはせず、金の都合が出来るとその都度税金の支払を続け、しかもその支払は、地方税にまで及んでいる事実から考えて明らかである。もっとも、右の様な支払は、金があれば出来るところと考えるかもしれない。しかし、被告人三経においては、本件犯行が顕現された直後のことでもあり、それこそ裏金で支払ったわけでもないし、本件によって明らかにされた会社の実体を基にその支払を続けたことである。したがって、三経および被告人は、現在資金ぐりの苦しい毎日を送っているところである。この様な税金の支払状況から考えてみても、被告人が支払うべきものは支払うという竹を割った様な気性の人物である事が解り、その性格が基となって被告人の税金という国民の義務に対する姿勢で正しく変更されたことが明らかに解るところでもある。反省というものは、口では云えてもその実行となると稀である。したがって、現に反省されたことが明らかに認められる場合は、その価値は稀なものに対するものとして高く評価されなければならない。

(五) ところで、被告人の右の如き竹を割った様な気性は、本件において災を及ぼした。

すなわち、被告人や弁護人には、本件に関し、争う必要性を感じさせる争点を何点か認識していた。しかるに、原審公判立会検事は、被告人に対し、本件は罰金刑で処断されるところは間違いのないところであるから合意書面で簡単に公判手続を終了した方が良い旨取調べの都度申向けた。そこで、被告人は本件に関し、弁護人等を選任しないで、単独で審理にのぞみ、その旨、回答していたところであるが、その時点で、被告人から弁護人等はその話を聞いた。そして、被告人が単独で審理にのぞむ決意であることに、弁護人等は異議を述べ、結局弁護人等が選任された。そして弁護人等は、本件に関して記録を検討したうえ、争点と思われる事実に関しては堂々と争う態度を被告人に示したところであるが、その頃被告人は、右検事から「罰金刑間違いなし、罰金刑間違いなし」と云われ、お上に迷惑をかけたことだし、出来るだけ簡単に審理を終了してくれるよう懇頼された、しかし、我々弁護人等は、正直に云って右検事の言を信用しなかったが。そこで、弁護人は右検事に面会を求め、検事に求刑の約束を求めるわけにはゆかないのでそれとなくその点の話を出したところ、右検事は弁護人に対しても「合意書面でやれば罰金も安くなるのが裁判の実情である」旨話してくれた。したがって、検察官が被告人両名に対して罰金刑の求刑をすべく決意しているのであろうと考えた。その考えの基には、被告人に何度検事の意見を確かめさせてみてもやはり右検事が「罰金間違いなし」と回答したという被告人の報告が資料になってもいた。そこで弁護人も被告人の極めて強い要請によって、合意書面によって本件審理を行うことに同意したのである。思うに、法人に対し、懲役刑の定めはない。したがって、検事が「罰金間違いなし」とか「罰金は安くなる」とか重ねて申向けたとすれば、検事の求刑が罰金をもって行われるだろうと信じ込んだり、推測したりすることは、当然の事理である。もっとも、検事が罰金刑の求刑を行ったからといって、裁判所がそれ以外の刑の選択をしてはならないということはないが、やはり求刑は裁判所が刑の選択を行うに当り、重要な参考意見と考えて良いと思う。

しかる時、右検事は、公判廷において、決意を翻がえしたのかどうか解らないが、合意書面等という検事の立証を有利にするが如き制度が許されている時、少くとも被告人に誤解をおよぼすような発言を行うべきではない。

(六) 以上、本件犯行は、被告人にとっても三経にとっても、決して、悪質なものではなく、特に、被告人の性格は前記のとおりであり、しかも被告人には客観的に反省したことが明らかに解る資料も充分あるところであって、罪を憎んで人を憎まずのいわれもある如く、本件犯行後に反省された人柄の変更は、高く評価されねばならないと信ずるところである。それに前記のとおりの原審に至るまでのいきさつもある。その様な事実を綜合すれば原審の選択刑は、重きに失し、罰金刑の選択がなされるべきである。

以上

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